東あられ本鋪
今回は 4 回目に取り上げたすみだ北斎美術館が見える緑町公園の向かいにある、東あられ本鋪の小林宏太郎氏にお話を伺った。
壁面に描かれた北斎の「神奈川沖 浪裏」が眼を惹く東あられ本鋪本店は平成15年に増床開店したが、東あられ本鋪自体には創業115年という長い歴史がある。
父親である小林正典氏が創業から 4 代目であり、小林氏は2021年に社長に就任し5代目となる、両国が誇る老舗である。

創業こそ初代である小林桝恵美氏が両国で創業し、両国とは縁深いが、小林氏は三軒茶屋で生まれ育ち、店も両国も意識せずに過ごしていたという。この頃の東あられとの繋がりで覚えている記憶としては、こわれ(製造過程で割れたり欠けたりしてしまったあられ)」を食べていたことくらいだったそうだ。
大学を卒業してからは IT企業に入り、ECパッケージを販売する営業として働き始めた。
当時は ITバブルということもあり精力的に働いていたが、2006年に業績の悪化による経営陣の入れ替えのタイミングで東あられ本鋪に入社することとなった。

当時最先端のIT業界から115年の老舗へ移った際はギャップも大きく、入った当初は堅苦しい会社だというのが第一印象だったという。
「当時はガキでした」と笑って語る小林氏は、入社当初は親族の集まりに参加することもやめ、会社に馴染めず悶々としていた。笑顔で話す現在の小林氏からは想像もできず、「何かきっかけがあったのですか」と尋ねると、大きな出来事は何もなかったとのこと。営業として自社の商品を日々見つめていく中で商品の価値を正しく理解していった時、気づけば自分の中にも「この味を次に伝えたい」という想いが芽生えて、いつの間にか会社に馴染んでいたと話してくれた。
こわれを家で食べていた幼い頃からすぐそばに東あられは存在していたが、それをお客様に届ける側となり、商品と改めて向き合った時にその本当の魅力に気づいていった。その時初めて東あられを守り伝えてきた会社のことも自然とリスペクトできるようになっていったのだ。

それからは会社の一員として業績改善のために自分が担当する役割を精一杯取り組み、その働きが認められ業績も改善した2021年に5代目として社長に就任することとなった。2016 年に役職に就いた頃から会社の行く末を考えるようになり、社長となった際には 様々なアイデアを形にしていくようになる。
その一つがせんべいにあんこを挟んで食べる「おせんとあんこ」という商品のプロモーションである。

開発経緯としてはあられやせんべいは年齢層が上の世代が多いのでより幅広い世代に東あられをインプットしたいという想いから商品が開発された。
パッケージにはおせんおばあさんと孫のあんこちゃんのイラストが印刷されているが、これを元に新作落語を創作するという企画を考えた。制作はお客様であった落語家の林家あんこ氏にお願いし、最終的には店舗で落語を開催するまでの企画が広がっていった。
これがきっかけで今でも月に一度のペースで落語の寄席が開催されるまでになったという。

また、相撲をモチーフにしたどすこいミルク饅頭は「ポチギフト」というテーマで展開した。子供に渡すお小遣いを入れたポチ袋のように、あいさつや感謝でのちょっとした気持ちを込めたギフトとして提案したこの商品は、
「お菓子を通じて、人と人とのご縁を繋ぐ」という 東あられのコンセプトを体現した人気商品である。
小林氏は、落語や相撲など両国という地域のアイデンティティを活かした商品や活動など、東あられというフィルターを通した両国の表現で地元に貢献していきたいという。
現在はAI技術を商品に活かす方法などを模索していたり、新しい商品販売の展望も語ってくれた。小林氏のアイデアを通して表現される東あられの今後の活躍が楽しみである。
